ご無沙汰です。

しばらくブログ滞っていました。

というのも。


前回の更新直後、お姑さんが急死されまして。


いや…
なんつーか…


めっちゃええお姑さんやって大好きで毎日女子会みたいで楽しくて仕方なかったの!

これもあと10年くらいかーさみしいなー
ムスメと仕事教わっとかなあかんなー
とっとと片付け終わらして、片付いた部屋で3世代でお茶会するでー

とか思ってたら、そんなヒマなく唐突に終わっちゃって。

私、てっきり、ボケたお舅さんをお姑さんとふたりで見送って、ボケたお姑さんは私が見送って…そんな人生だと思ってました。
ヨメに来させてもろて、3年もたたんうちに逝ってしまうなんて。
まさか、棺にすがって泣くくらい、大好きになってたとも思わず。

50年連れ添ったお舅さん。
50年育ててもらった夫。
ふたりとも、ずっとお姑さんと一緒にいたから、さみしさも一入やろうな…
しょんぼりして、時折涙ぐむふたりをみていると、下宿や転勤、引越しを繰り返してきた私にはわからない悲しみがあるんだろうなあ…と思います。




というわけで、

やっぱり記事は当ブログらしく、片付けになるわけです。
泣きながらでも、やることはやる。

今回はメモを書きためたので、長文でお送りします。



まずやらなくちゃいけないのが、書類関係。

「じゅんこさん(仮)、このへんは触らんといてな」

のエリアを、忌引きをもらった夫とふたり、ごめんごめんと言いながら探る。

数十年レベルで堆積してる様子だが、昨年の日付のものもあり、どれもこれも「後でやろう」と自分を常に後回しにしていたおかあさんの姿がみえる。

貴重品は、たんすの小引き出しに入れていた、とまでは夫も把握していたが、私の出産のときに処分してくれたたんすなので、それ以降がわからない。

結局、1週間以上探しても、通帳も印鑑も年金証書も出てこず。
なので、取引があったかも?と思われる各銀行と郵便局に、

・死亡届のコピー
・埋葬許可書
・出生から死亡までの全戸籍(読めない達筆の戸籍。たぶん原本は和紙)
・相続人(ウチの場合、お舅さんと夫と夫の弟さん)の戸籍
・相続人の中で窓口に来た人の身分証明書
・認印

…などを持って、夫が出向き、調査依頼することに。
こういうとき、ど田舎だと、あの家ね、で済む部分がとても助かる。

保険関係も不明のまま。証書は出てこない。
過去の茶飲み話を思い出し、保険各社に連絡を取って、契約の有無を確認してもらい、証書紛失届とともに相続手続きをすすめることになった。
もし、お舅さんの認知症がひどくなっていたら、成年後見人や、実子の夫が手続きをすることが必要で、私がサポートしつつ電話口でお舅さんの本人確認、なんてものもできなくて、大変だったろうなと思う。

私は離婚したときに、保険関係はひとところにまとめ、担当のフィナンシャルプランナーさんの名刺と一緒にファイリング。
貴重品も分散させつつ、子どもたちに教えてあるし、そもそも荷物は1ジャンル1箇所にする癖があるので、たぶん泥棒も楽勝レベルで私の貴重品は発見されると思う。
防犯も考えると、どうするのがいいのかな。難しいね。

ついで、といってはなんだが、配偶者のお舅さんのお金関係、整理もすすめる。
お舅さんの保険の受取人が全てお姑さんだったので、夫へ変更。これで証書は更新されるので、紛失届は書かなくて済むらしい。
なんせ出てきた証書らしき紙は20年以上前のもの。
契約が生きてるかどうかすら不明だったので、ついでにある程度整理できて助かった。


問題はお舅さんの生活。
ほぼ全て身の回りのことお姑さんがされていたので、生活が荒れる荒れる。その中でも、衣替えと仕事場とお金が喫緊。
お金関係はもちろん、服も書類も家中に散らばっていて、しかもお舅さんは何ひとつ把握してない。

仕事も、ここ数か月触っていない様子の上に、今回お姑さんが亡くなられて、何がどこにあるのやらわからず。

こういうの、地味にこたえる。

田舎で、セレモニーホールなどという気の利いたもんを使わない葬儀。
しかもお舅さんの仕事関係で来客も多く、親戚もすごい人数なので、たちまち必要になるのが食器類。
触らんといてエリアの車庫1階から、揃いの食器やお湯のみが20個1ロットで、200個以上発見。
おかあさん、何人お招きするつもりだったんですか…ウチそんなお客さん入りません…
2階お姑さんエリアの納戸からは、お盆大小20枚近く、湯沸かしポットも5個発見。
お茶用のお土瓶は10個ほどあったが、そのうち4個はすでに欠けている。土瓶つるも、針金が錆びたり、固定紐が解けている。
食洗機も活用しながら洗いたおして出していく。
結果的に余りはしたものの、足りないということはなく物量大作戦は成功した模様。
親戚とお客さんあわせて、60人以上来てくださって、家も自治会館も、いっぱいになった。
ど田舎ならではの親戚付き合い、いとこのお姉さん方が、亡くなられて数時間後からお通夜・お葬式済むまでの3日間、わーっと来て、わーっとお世話してくださって、なんとか終わった。
初七日はウチだけでなんとかしたけど、すでに記憶ナシ。
食器類は初七日の法要が済んでから、浅い木箱(これも触らんといてエリアから10個発掘)にまとめておいたけれど…
これ、どうやって保管すればいいのかなあ。
満中陰が終わってから、ホームセンターとかで、コンテナ買う?
なんせ、保管してあった箱自体が、ネズミとゴキブリの糞まみれで、包み紙は虫喰いだらけで、一瞬で家族全員咳き込んだから、元の箱には戻せん。即、縛って資源ごみと可燃ごみ行き。
ヒビの入ったものや、欠けたものは、ついでに間引いたけど、もちろん総量は変わらない。
さてどうしたもんか。



思いがけず、でっかい家のほぼ全てがお片づけ可能エリアになってしまい、しかも、ほとんど申し送りなしときたもんだから、アワアワするだけで何も進んでるように思えない。
出したものも、しまうにはためらうレベルの物量と収納場所のカオスっぷり。

…地味にやっつけていこうと思います。



そういえば、ここの納戸。なぜか、喪服の冬帯と夏帯とが、使ってくれとばかりに、私のわかりやすい位置に置かれていた。
お葬式の用意をしている中、冬帯が実家に置いてあると知って青ざめた私には、すんごい助けになった。
無意識のうちにでも、お姑さんは、死期を悟っていたのだろうか。

すっごい量あったお姑さんの着古したお洋服も、亡くなられる数日前にどさっと処分されてて、半分以下になってた。
あれは、私の片付けに追われてしまったのだろうか。
それとも、お姑さん自身が、
「私も、いらないものをいらないといっていいんだ、片付けていいんだ」と思えたのだろうか。

後者だといいなあ、と思う。


「あんまりいっぺんに捨てるとご近所さんの目がね」
というお姑さんの助言を心に留めつつ、捨てるときは処理場持ち込みという荒技も駆使してこーと思います。


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とりあえず過労死レベルで主婦してたんで、死なないうちに、ちょこちょこしてたまとめを投下してみた!

もちろん私は元気で長生きするよ!
片付けなどサッサと終わらして、たくさんお客さんが来られる家にして、子どもたちを元気に大きくするよ!

さあー、がんばるよー。
お姑さんがゆっくりお茶飲めるくらいにするでー。




追記
レポートもスクーリングも法要と重なり、留年決定。

ムスコ入院中につき、待ち時間にメモ。





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